ブランディング施策としての侵害対策

  • 解説

渡部 寬樹 商標・意匠G グループリーダー 弁理士/特定侵害訴訟代理業務付記弁理士

 企業が商品またはサービスを市場に提供する過程において、模倣品、類似表示品その他の侵害品への対応は、避けて通れない課題の一つです。特に、商品やサービスが一定の認知を獲得し、ブランドとしての価値を有するに至った場合、その価値に便乗しようとする第三者が現れることは、実務上しばしば見られます。

 従来、侵害対策は、知的財産権に基づき侵害品を排除するための法的対応として説明されることが多かったといえます。もちろん、警告、差止請求、損害賠償請求などの法的手段は、侵害対策の中核をなすものです。しかし、侵害対策の意義をそこに限定すると、企業活動におけるより積極的な侵害対策の価値を十分に捉えることができません。

 本稿では、侵害対策を、単なる法務上の対応ではなく、ブランド価値を維持し、社内外に対してブランドを守る姿勢を示すためのブランディング施策の一つとして位置付け、その効果について整理します。この視点に焦点を当てることで、侵害対策は、問題発生後の個別対応にとどまるものではなく、企業がブランド価値を維持・向上させるために継続的に取り組むべき、重要な経営活動の一環として理解することができます。

 そして、このように侵害対策をブランディング施策として捉えるならば、その実効性を支える知的財産権の重要性は、従来以上に高まります。知的財産権は、侵害品を排除するための根拠であるだけでなく、企業がブランド価値を守る意思と体制を社内外に示すための基盤となるからです。

 侵害対策をブランディング施策として位置付けるとは、侵害品を見つけ次第排除するという発想にとどまらず、侵害対策を通じて、企業が何を大切にし、どのようなブランド価値を守ろうとしているのかを明確にするコーポレートブランディングの視点を含むことを意味します。すなわち、侵害対策は、商品・サービスの価値に加え、企業への信頼、顧客体験、正規流通網、社員の誇りを守るための活動として設計されるべきと考えます。

 侵害対策には、まず、真正品の売上や販売機会への悪影響を抑制する効果があります。侵害品が市場に流通すれば、本来であれば真正品に向かうはずであった需要が侵害品に吸収され、真正品の売上に影響を与えるおそれがあります。インターネットを介した越境電子取引/越境ECが普及している現代においては、その危険は増す一方です。さらに近年は侵害品の外観や品質が一定程度向上していることもあり、需要者が真正品と誤認して購入するリスクも高まっています。

 また、侵害品の流通は、直接的な売上への影響のみならず、真正品のブランドイメージを損なう原因にもなります。安価で品質の劣る侵害品が真正品と混同されれば、需要者の不満や不信感、不快感が正規ブランドに向けられるおそれがあります。特に侵害品が人の健康や安全に直接影響を及ぼす危険がある食品業界や医薬品業界、自動車業界などにおいては、侵害品により負のイメージが生じた場合の事業に対する影響は、極めて大きいと思われます。したがって、侵害対策は、単に売上を守るためだけでなく、企業に対する信頼や品質イメージを維持するためにも重要です。

 ただし、侵害品を完全に撲滅することは、長年侵害対策に携わってきた筆者の経験からするならば、必ずしも現実的とはいえません。また、商品やサービスの性質によっては、真正品の購買層と侵害品の購買層のズレなどに起因して、侵害品の減少が直ちに期待される真正品の売上増加につながるとは限りません。侵害対策を評価する際には、短期的な排除件数や売上効果だけでなく、売上への影響を直ちに数値化できるとは限りませんが、ブランド毀損の防止や広くブランドの価値の向上などの中長期的な効果を含めて捉える必要があります。

 侵害対策には、侵害品を直接排除する効果に加え、利害関係者に対して企業がブランドを守る姿勢を示すことにより生じる重要な効果が期待されます。この効果こそ、侵害対策をブランディング施策として位置付けるうえで中心となる視点です。

(1)顧客に対する効果
 まず顧客に対しては、企業が侵害品を放置せず、真正品の価値を守ろうとしていることを示すことにより、ブランドに対する信頼やロイヤリティの維持・向上につながることが期待されます。顧客ロイヤリティは、顧客が商品やサービスに対する期待を満たす質に信頼を寄せ、そこに価値を感じることにより共感や愛着が生まれる、という積み重ねの中で醸成されるものと理解します。その期待には、現在の価値のみならず、将来的にもその正当な価値が守られることに対する期待も含まれます。侵害対策は、その期待に応えるための具体的な行動となります。

(2)取引先に対する効果
 次に取引先に対しては、正規品を取り扱うことの安心感や優位性を支える意味があります。侵害品が放置されれば、取引先は、正規ルートで商品やサービスを扱うことの価値に疑問を抱いた結果、その事業に対するコミットメントの低下を招く可能性があります。企業が侵害対策に継続的に取り組むことは、取引先との信頼関係を維持し、正規流通網を守ることにもつながります。

(3)株主に対する効果
 株主に対しては、侵害対策はブランド価値および企業価値を守るための投資として株主の利益に資する活動となります。確かに侵害対策には一定の費用を要します。しかし事業におけるブランドの重要性に鑑みた場合、ブランド価値の低下や将来の収益機会の喪失による損失は大きく、それらを防止するための支出であると位置付ければ、侵害対策に要する費用は単なるコストではなく、中長期的な企業価値を維持するための施策となります。

(4)社員に対する効果
 そして社員に対しては、自社ブランドを守る姿勢を示すことにより、インナーブランディング上の効果も期待できます。開発、製造、販売、営業、顧客対応などに関与してきた商品やサービスが侵害されているにもかかわらず、企業が何ら対応しない場合、社員の納得感や誇りが損なわれるおそれがあります。これに対し、侵害対策に取り組む姿勢を社内に示すことは、自社ブランドが守るべき価値を有することを再認識させ、士気を高める契機となります。

 このように、侵害対策は、顧客、取引先、株主、社員に対して、企業がブランド価値を重視し、それを守るために行動していることを示す施策です。したがって、侵害対策は、法務部門や知的財産部門だけの問題ではなく、コーポレートブランドを含めたブランド管理、営業、広報、経営企画などとも連携して検討されるべきテーマといえます。

 もっとも、上記のような効果を得るためには、単発的な侵害対策では不十分であり、継続して行うことにより、企業のブランドに対する姿勢を継続的に示す必要があります。ここで継続的とは、すべてに一律に対応することではなく、優先順位を付けて継続的に取り組むことを意味します。すべての侵害行為に同じ強度で対応することは資源の有限性の点からも現実的ではありません。侵害品の流通量、販売地域、販売チャネル、悪質性、真正品との近似性、顧客接点の有無、ブランドイメージへの影響度などを踏まえ、ブランド価値への影響が大きいものから優先的に対応することが重要です。このような優先順位付けを行うことで、侵害対策は、一過性の対応ではなく、継続可能なブランド管理活動として機能します。つまり、侵害対策をブランディング施策として位置付けるためには、法的に対応できるかという視点に加え、ブランド価値にどのような影響を及ぼすかという視点を組み込み、戦略的に設計する必要があります。

 侵害対策のブランディング施策としての効果を十分に発揮するためには、実際に対策を講じるだけでは十分ではありません。その取組みが社内外に伝わって初めてその効果が期待できるのであり、それをどのように社内外に伝えるかが重要です。侵害対策と社内外とのコミュニケーションは相互に補完し合う関係にあり、両者を一体として設計することで、侵害対策の効果を高めることができます。

(1)対外的コミュニケーション
 対外的には、顧客に対する注意喚起、正規販売チャネルの周知、取引先への情報提供、対策実績の適切な公表などが考えられます。これらは、単に侵害品について警告するためだけでなく、真正品の価値や正規ルートで購入する意義を伝えるとともに、企業のブランドに対する姿勢を示す機会にもなります。ただし、係争中の事案や事実関係が十分に確認されていない情報については、発信の方法や表現に十分注意する必要があります。

(2)対内的コミュニケーション
 対内的には、侵害対策の方針や実績を社内に共有することにより、社員が自社の商品・サービスの価値を再認識しやすくなります。これは、日常業務における侵害品の発見、顧客からの情報提供への対応、正規品の価値説明などにもつながります。侵害対策を企業全体でブランドを守る活動として位置付け、共有することが実効性を高めるうえで重要です。

 侵害対策をブランディング施策として位置付けると、その前提となる知的財産権の重要性は一層明確になります。

もちろん、知的財産権は侵害行為に対する排他的な効力を有するなど、侵害品を排除するための強力な法的根拠であり、侵害対策の基礎となります。

 しかし知的財産権の取得は、上記の法的な効力の発生のみならず、企業がブランド価値を守るための体制をあらかじめ整えていることを示す基盤にもなります。すなわち、特許権、商標権、意匠権などを適切に取得しておくことは、将来の侵害対策の実効性を高めるだけでなく、企業のブランドを守る意思を具体的な権利として可視化し、社内外にその意思・姿勢を示す効果が期待できます。また、著作物やノウハウに関連して、創作年月日や公表日を特定できる資料などの保存について社内システムを構築し、これを周知することにより、後日の対応を支える重要な基礎となるとともに、社内に対する知的財産を保護する姿勢、ひいてはブランドを守る姿勢を示す効果も期待できます。

 特に商標権は、ブランドのいわば顔ともいえる識別標識を保護する権利として、民事的な手続きのみならず、行政摘発や刑事摘発など、侵害対策において中心的な役割を果たします。そして商標は、商品の出所を示すだけでなく、品質に対する信頼や広告宣伝を通じて形成されたブランドイメージを媒介します。したがって、商標権を適切に確保しておくことは、ブランド価値を法的に支えるための重要な基盤のみならず、その存在自体が保有者のブランドを構成する要素となることが期待されます。この意味で、知的財産権の取得やそれを保管する資料整備に要する費用は、単なる管理コストではなく、ブランド価値を維持・向上させるための投資として理解されるべきと考えます。

 侵害対策は、知的財産権に基づく権利行使や模倣品排除の問題として極めて重要であることはもちろんですが、それだけにとどまるものではありません。侵害対策は、売上、品質、価格秩序、正規流通網を守る直接的効果を有すると同時に、顧客、取引先、株主、社員に対して、企業がブランドを守る姿勢を示す効果が期待できます。したがって、侵害対策は、守りの法務対応であると同時に、ブランド価値を維持・向上させ、社内外に伝えるためのブランディング施策としての意味も有します。そして、このような侵害対策を実効的に行うためには、平時からの知的財産権の取得、資料管理、対外的・対内的コミュニケーションが不可欠です。

 侵害対策を法務対応のみならず、ブランディング施策として捉える視点に立てば、知的財産権は、単なる法的権利ではなく、企業がブランド価値を守り、育てるための重要な経営資産であると考えます。

渡部 寛樹

国内外の商標を中心に、調査・出願・管理から、著作権・不正競争防止法に関するクリアランス、侵害対策まで、権利の取得から行使まで幅広く担当。あわせて、研修の企画・実施など、社内の知財・ブランド意識向上にも積極的に取り組んでいる。
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