特許業界へのいざない

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神邊 剛生 博士

 縁あって平木国際特許事務所に入所してから、早くも1年が経過しようとしています。博士後期課程を修了後、かねてより興味関心のあった特許業界に飛び込んでからというもの、刺激的で充実した日々を過ごす毎日です。

 しかしながら、私のように大学院から特許業界に直接飛び込む人はあまり多くないのではないでしょうか?私は、2015年放送の日曜劇場『下町ロケット』を観て以来、特許業界に強く惹かれていましたが、こんな私とは対照的に、特許業界を就職先として知る大学院生は多くないように思います。

 そこで、本稿では私が特許業界に興味を持ったきっかけに触れ、それに絡めて特許業界が取り扱われている小説をご紹介したいと思います。

 2015年放送の日曜劇場『下町ロケット』は、池井戸潤氏の小説を原作とし、宇宙ロケット開発に挑む中小企業・佃製作所と大企業・帝国重工との開発競争を描いた物語です。作中で、特許を巡る攻防が丁寧に描写されているのが特徴であり、ゴールデンタイムのドラマとして特許に詳しくない人でもスムーズに入り込める作品になっています。

 私は、高校生の頃に本作を視聴し、特に、佃社長が特許事務所を訪れるシーンに強く惹かれ、特許業界を志すようになりました。細部の記憶は曖昧ですが、当時強く印象に残った場面をここでご紹介したいと思います。

―佃製作所に特許侵害の警告書が届く―
 佃製作所の佃社長(阿部寛さん)は、警告書への対応を協議するため、特許事務所を訪れます。しかしその胸中には、「果たして弁理士に自社の技術を本当に理解してもらえるのか」 という拭いきれない不安がありました。そんな中、面談室に、分厚い技術資料を抱えた神谷弁理士・弁護士(恵俊彰さん)が現れます。少し風変わりな佇まいに、佃社長の不安はむしろ強まります。
(中略)
 佃社長は、面談が進むにつれて空気が変わっているのを感じます。神谷弁理士は資料に目 を通しながら、佃製作所のロケットバルブ技術について次々と核心を突いた指摘を重ねるからです。いよいよ、技術の本質を言い当て、佃社長は思わずこう口にします。
「先生に、このロケットバルブの凄さが分かるんですか!」

 不安や疑念が安心や信頼へと変わる、発明者と弁理士が通じ合う印象的な場面です。

 このシーンを観た当時の私は、理系の知識と法律の知識を二刀流で使いこなし、発明者を支えるプロフェッショナルとしての姿勢、そして発明者との面談前に分厚い技術資料を読み込み準備する弁理士の真摯な姿に強く惹かれました。特に、複数の専門性を併せ持つことに魅力を感じる私にとって、理系と法律の知識を併せ持つ神谷弁理士の姿はまさに理想的な姿として映りました。当時抱いた強烈な印象は、私が就職活動を始めるまで続き、特許業界に飛び込むこととなりました。

 実際に、当事務所に入所後、ありがたいことに発明者さまとの面談に出席させていただき、その際は、発明者さまに作成いただいた資料を基にご発明を深く理解するように心がけて臨んでおります。10年の時を経て、テレビ越しに目にしていた景色に似た業務を現にできているというのは感慨深いものがあります。私も、『下町ロケット』の神谷弁理士のように、発明者さまとの信頼関係を築いていけるよう研鑽を積んでまいりたいと思う日々です。

 次に、特許業界が取り扱われている小説として南原詠先生の「弁理士・大鳳未来シリーズ」(宝島社)をご紹介いたします。本シリーズは、同社主催の「このミステリーがすごい!」大賞を『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』が受賞したことを皮切りに、シリーズ作として、『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』(2022年)、『シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来』(2024年)が刊行されています。また、南原詠先生の他シリーズとして、2025年6月には、『ウインクに警告 知的財産部・平間青介』(光文社)も刊行されているようです。

 私は、当事務所入所後ではありますが、大賞作の『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』を偶然見つけ、シリーズ全作を読了いたしました。本シリーズは、特許侵害訴訟における特許権者と侵害者との対立がコミカルに描かれ、大衆向けにも読みやすい特徴の作品であると思います。普段から読書が趣味であり、伊坂幸太郎さんや貫井徳郎さんなどのミステリー・サスペンス小説が特にお気に入りの私にとりましても非常に面白い作品でした。

 また、知財業務に携わっているものとして、各作品の至る所で、「特許法第七十七条:専用実施権」、「商標法第五十条:商標登録の取消しの審判」、「特許法第六十九条:特許権の効力が及ばない範囲」、「特許法第七十九条:先使用による通常実施権」などの特許四法の条文や判例などが簡単に紹介されているため、「この条文を題材に展開が進むのか」と興味深く読むことができました。

 さらに、三作目の『シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来』は、バイオ・化学分野がテーマの作品であり、当事務所で取り扱わせていただく案件にも非常に近く、是非ともお勧めしたい一冊であると思っております。

 本作では、FJAP(家族性若年型アミロイドーシス)の特効薬を開発した創薬ベンチャーに対して、大手製薬会社三社から特許権侵害を理由に警告書が届くところから始まります。南原詠先生は機械分野がご専門のようですが、本作では、医薬品の薬物送達システム(DDS)について緻密に描写されており、医薬品の粒径等製剤に関わる話題など、「こういう研究開発あるよな」と思いながら読むことができます。

 また、作中では、登場人物の黒崎恭司が特許出願をする場面で、新規性喪失の例外適用を受けて特許出願をする場面や、バイオ系の発明で頻出する「特許法第二十九条柱書:産業上の利用可能性」も紹介されています。さらに、特許侵害の警告書への対応を検討する場面では、特許の構成要件の比較や先行技術文献を探す場面の描写もあります。特許の出願から、中間業務、侵害訴訟における調査までの一連の描写があり、もちろん実際には描写されている以外の業務も多いですが、「この業務はよくやるな」と現実に重ね合わせながら読むことができました。特許業界や特許法に触れる上で是非お勧めしたい作品です。

『シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来』の表紙

 むすびに、作中で医薬特許の案件を終えたばかりの大鳳未来の台詞を紹介したいと思います。

どっと疲れが出た。思わず声が漏れる。
(中略)
「本物の医薬特許の仕事は、できればやりたくないなぁ。人の命が懸かっているわけだし」
いっそ、ミスルトウの経営指針から医薬特許に関する仕事は除外しようか。

 この「ミスルトウ」というのは作中の大鳳未来が勤務する特許事務所の名前です。作中では、大鳳未来弁理士は非常に敏腕なわけですが、医薬特許の案件には難しさを感じるようです。医薬特許の案件を扱わせていただいている私としては思わず笑ってしまう文章でした。

 もちろん私自身は、本物の医薬特許の仕事こそ取り組んでいきたいと思っています。

 ここまで、私が特許業界に興味を持ったきっかけである『下町ロケット』と弁理士が登場する小説をご紹介いたしました。簡単ではありますが、本稿が、特許事務所の業務、また私自身のご紹介となれば幸いです。

神邊 剛生

2025年に平木国際特許事務所に入所。バイオ化学グループに所属。医薬品や分子生物学などで培った知識、さらに研究経験を活かして、発明者さま目線で研究を理解しサービスを提供できるよう心掛けております。お客様のビジネス、ひいては学術や医療の発展に貢献できるよう、邁進してまいります。
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